共倒れを防ぐためにも介護認定手続きは早めに。ショートステイの利用。
老齢の両親二人暮らし。一人は歩くことがままならず、介護認定をうけてデイサービス利用中。もう一人が家事全般を担っていたが、突然、緊急入院することになったら?
いま、親類がそんな状態だ。
同じ県内在住だが親元を離れて暮らす一人っ子。
急に"こと"が降りかかった子供の負担は計り知れない。
家事全般を担っていた片方が倒れると共倒れでもう片方も生活がままならなくなる。
子供は働いているので、自分の家に引き取るという選択肢もとれない。
うまく歩けない方が既に介護認定を受けてデイサービスを利用していたから、急な事態に多少なりとも融通が利いたと思う。
ショートステイを利用できることになった。
健康な人が介護認定を受けるのは難しいと思う。
しかし、老齢になれば一度は介護認定は受ける手続きをしていた方がいいと思う。
たとえその時に認定が受けられなくとも、担当者に顔つなぎをしておくことは重要だと思う。緊急事態が発生した時に、ことが多少なりともスムーズに運ぶはずだ。
父が私の家にいる時に歯の痛みを訴えて、歯科医院を探した時も初診の方は急に受けるのは無理だと何件も断られ続けた。カルテがある方ならかなり待つけれど、無理にねじ込むことは可能だととも言われた。”つなぎ”があるとないでは扱いが違う。
前に書いたことがあるが、介護施設は申し込んですぐに入れるところは稀有だ。
年単位での待ちも普通だと感じた。
ショートステイは家庭で介護をしている方が事情で一時介護ができないときや休養を取るときに利用できるサービスだ。ショートステイを何度か繰り返して、介護施設の入所待ちをしている人もいる。
介護保険を利用できるものと介護保険を利用しないものがあるが、介護保険を利用しない施設は、それこそ事前のリサーチなしにはどこで利用できるかもわからないだろう。
転ばぬ先の杖は必要だ。
もしもの時を考えて、前もって近くの施設をリサーチしておくことを勧める。
右も左もわからない、そんな時にまず尋ねるのは市町村の福祉課。
介護保険は市町村が運営しているので、まず、何をしたらよいのかの指針をもらおう。
指針をもらって、ネットでリサーチ。
介護保険を利用しないショートステイ
- 介護認定を受けていない人も利用可能。
- 施設の運用規定によるので施設ごとに利用金額も利用期間も異なる。
- 申し込みは直接、施設へ。
介護保険を利用できるショートステイ
- 介護認定を受けていないと利用できない。
- 一度に利用できるのは30日までで最大利用期間は介護認定期間の半分まで。
- 介護保険の範囲内で利用できる日数は介護認定度に応じて変わる。(要支援なら短い。介護度が高ければ最大30日に)
- 介護保険でショートステイサービス以外の利用がある場合は介護保険を利用可能なショートステイの日数はさらに少なくなる。(介護認定度によって一月に利用できる単位数が決められているため)
- 介護保険でまかなわれない食費や日用品、滞在費などの別途自己負担が必要なので利用前に確認を。
- 利用するにはケアマネジャーにケアプランを作成してもらう。
- 介護保険を利用できる施設はすでに予約で埋まっている場合が多く、利用が難しい。
緊急事態にショートステイを利用できれば、ショートステイ中に次の手を考える猶予ができる。
歩くことがままならない方が介護施設に入所できていれば、子の負担はかなり減ったと思うが、施設は絶対に嫌と言って家で暮らしていたのだから仕方がない。
いざ困ってからでは、右往左往して時間もお金も無駄にする。
ことに、予期せぬときに降りかかってくる介護に関しては、転ばぬ先の杖は必要。
アマゾンプライムビデオで「Everybody’s Talking About Jamie ~ジェイミー~」を見た。
16歳のゲイの少年ジェイミーが主人公のミュージカル映画。
BBCのドキュメンタリーからミュージカルになり、そして映画化となったこの作品。
ドラッグクイーンに憧れるジェイミーが夢の為に一歩を踏み出し、最後には仮面をかぶった姿ではない自分のありのままの姿で生きていくことを決意する。
曲もとても良かったので、舞台でも観てみたい。
ストーリーはハッピーエンドで大満足まちがいなし。
ジェイミー16歳の誕生日からスタートし、プロムで終わる。
日本の教育制度とは違うので11年生で卒業、その後カレッジに行くようだ。
ゴージャスで素敵な赤いハイヒールがキーアイテム。
キラキラした赤いハイヒールを履きこなすその姿の美しいこと。
母親のマーガレットが素晴らしい。
愛する子として、全力でジェイミーを守りサポートする姿がこれぞ親の鏡のようだ。
実話をもとにしているはずなので、このマーガレットが本当に存在しているはずなのだ。
すごい!
全面的に子の味方。なんて心強い。
こんな育てられ方をしたら子供は歪みようがない。
そして、友達。
ムスリマのプリティ。
ジェイミーの話を真摯に聞いて、いつもジェイミーの背中を押す。
対して、両親が離婚して疎遠になった父は、男らしくないジェイミーを受け入れられない。見たくないものには蓋をするようにジェイミーと距離を置く姿が描かれている。
英国教会の見解は知らないが、少なくともカトリックの信仰として同性愛は受け入れられていなかったと思うので、信仰心の篤い西洋社会で自分の常識外のことを受け入れがたい人たちがいてもおかしくないと思う。
常識は時代や場所によって変わる。
古代ギリシアでは同性愛は普通だったし、日本の衆道は皆が周知のものだろうと思う。
未だに進化論を信じない人がいるように、固定観念を変えることができない人だっている。
人が変わるのを待っていたら自分の生涯は終わる。
人がどう思うかじゃなくて、自分がどう思うか。
みんなに認めてもらう必要はない。
世の中の常識にがんじがらめになりそうになったら、今の時代か場所が自分にあっていないと思えばいい。自分は一人ぼっちじゃないことを心に刻んで、自分を生きたらいい。
荷物は多いが、備えあれば憂いなし。
荷物が多い人は出世しないといわれるけど、備えあれば憂いなし。
可燃ごみの日。
ごみ出しをしてそのまま出勤しようと家を出た。
ごみ置き場で道を歩く人をみて気づく。
マスクして家を出るのを忘れた。
でも、大丈夫。
カバンの中に予備のマスクがある。
出かける時には、あれもこれもと準備して荷物が多くなりがち。
大抵はなにも起きないから、不要といえばそうだけど、たまには備えが役に立つこともある。
通常、通勤カバンに入っているもの
- ハンドタオル
- 除菌シート
- アルコールスプレー
- サングラス
- 予備マスク
- 使い捨て手袋
- カイロ
- ビニール袋
- クリアファイルフォルダー
- ホイッスル
- アルミ保温ブランケット
- のど飴
- 薬(胃薬、バンドエイド、目薬、痛み止め、喉用スプレー、風邪薬、湿布)
- 財布
- お弁当
- スマホ
- 眼鏡
- ワイヤレスイヤホン
- ボールペン
- 懐紙
- 鍵
- エコバック
ホイッスルとアルミ保温ブランケットは通勤中のもしもの地震に備えて最近増やした。
そして、マスクをするようになって、化粧直しをしなくなったので化粧品は持たなくなった。
心配症だから、備えがあると安心できる。
荷物が多いことの不都合は自分が重いだけだし。
この2年の内に血中の酸素飽和度を測定するパルスオキシメーターも買ったというと、友達に笑われる。
無駄な備えでも本当に必要になった時にはきっとすぐには買えない。
一時、マスクやトイレットペーパーがが無くなったように。
時間の余裕のある時にじっくり選んで良さそうなものを買っておけば、気に入ったものを妥当な値段で購入できる。
パルスオキシメーターは数字での根拠が示せるから買った。
主観で苦しいなんていっても、それでも頑張れと言われてしまえば、反論できるネタがない。
もしものときは、この数字が出ているので状態が悪いと言いたい。
身軽に生きるという人は、いざという時に尋ねてくる。
持っていない?貸して。頂戴って。
美容院に行かなくなった。
感染症が怖くて引きこもり生活を始めてほぼ2年。
やめたことの一つが美容院に行くこと。
学生の頃、仲良くしていた子がいた。彼女はショートカットだったけれど、
いつも自分で髪を切ると言っていた。
不器用な私は、自分で髪を切るなんて考えられなかった。
前髪だけじゃなく、後ろ髪を自分でどうやって切るのか想像できなかった。
鏡を見ながら適当に切るよって、いかにも簡単に切っているような答えに感心したものだ。
とってもきれいに切れているのだもの。自分で切っていると言われなければわからない。
前髪なら鏡をみて切るし、自分で切れるようになったら頻繁に美容院に行かなくていいし、便利にちがいないと何度も挑戦しては撃沈。
不揃いの前髪。失敗をリカバリーしようとして切り過ぎ。
諦めて餅は餅屋と前髪だけ切りたいときも美容院に行ったりしていた。
ところが、コロナ禍になって美容院に行くことに不安を感じるようになると、
背に腹は代えられない。
ギザギザの髪になろうが、感染するよりはましとばかりに自分で髪を切り始めた。
あってよかったYouTube。
カットの腕はどうにもならないが、引きこもり生活では限りなく人に会わない。
ほぼ職場の人にしか会わないし、職場の人は誰も私の身なりを気にしないからとドキドキしながらセルフカットに挑戦した初挑戦した、あの日。YouTubeの動画を再生、停止、カット、再生、停止、カットを繰り返した。
まぁ、何とかなるものだ。
後ろ髪を自分で切るなんて想像もつかなかったが、ぱっと見では自分で切ったとは気づかれないはず。
身なりに手をかけることに感心があまり持てない。美容師さんに丁寧に切ってもらって、とても丁寧にブローしてもらっても、豚に真珠だった。心の中では美容師さんには申し訳ないと思いつつも、常々、もう適当でいいからさっさと終わって帰りたいと思っていた私。私のオーダーは目に入らないように前髪を切って、後ろ髪は適当にこれくらい切ってくださいかそろえる程度に切ってくださいだけだもの。こだわりなんてない。
今ではもう美容院に行かなくてもいいやと思っている。
特別な日ならマナーとして美容院に行くべきかと思うけれど、相変わらずの引きこもり生活にそんな日はない。自分で髪を切るなら、自分の好きな時に髪を切れる。
髪型のこだわりもないし。これで十分。
暖かくぐっすり寝るための3点セット。しっかり眠って元気に過ごそう。
寝る時に使う3点セットがある。
- ネックウォーマー
- 腹巻
- レッグウォーマー
この3点。
身体の首を温めると冷えとは無縁になると聞いたことがある。
首、手首、足首の3つ。
睡眠中にリストバンドはしないけれど、私の首と足首はネックウォーマーとレッグウォーマーで暖かく。
もともと喉が弱いので、ネックウォーマーは暑くて勘弁となる季節まで使っている。
レッグウォーマーは最近使い始めた。
睡眠中の靴下は寝ている間に寝心地が悪いのか、靴下を履いて寝ても、起きたら靴下がどこかに行ってた。
その後、睡眠中の靴下は睡眠の質を下げるので良くないという話を聞いたので、靴下はやめた。
最近、なにかでレッグウォーマーが良いという記事をみて、試してみたらことのほか調子が良い。足が全く冷えない。そして、ぐっすり眠れる。朝起きても、ちゃんとレッグウォーマーは私の足にある。
腹巻は手術したあとから使い始めた。術後、腹帯なるマジックテープ止めの腹巻をしていたが、腹帯を使っていた時は非常に快便で。
それからは腹巻を愛用。
一時期は、おまえは変温動物かというくらい、外気に触れる手足がおそろしく冷たかった。体が冷えて仕方がなかった。一日に普通のカイロを3、4枚体に貼り、足裏に貼るカイロも貼ってとカイロの消費量が半端なかった。
今となってはあの凍えるような寒さも女性ホルモンの乱れのせいだったのかもしれないと思う。今でも寒さには相変わらず弱いけれど、術後は一日に何枚もカイロを消費する凍えるような生活とは無縁になった。
我慢できるから、病気だといえないかもと自分に我慢させずに、病院には行った方がいいね。
予期せず病気が見つかったりする。
手術しないと治らない病気はどうにもならないだろうけれど、質の高い睡眠で自然治癒力があがるかも。
寒くなってきたこの時期。
寒さで目覚めたりせずに、ぐっすり眠って元気に過ごそう。
今週のお題「あったか~い」
引率の大人の方へのお願い。
2年ぶりくらいに電車乗った。
姪や甥が介護にかかわる前に考えること。
伯父のお世話係をすることになった背景には伯父が置かれている状況が父母の喧嘩の原因となっていたことが大きな原因だが、私の中で認知症の伯父の姿が将来の自分かもしれないという思いがあったことも否めない。
独り身の私がいくら認知症になりたくないと思っていても、こればかりはいつどうなるかわからないのだ。自分がこんな状況になったらと思うと哀れだった。
自分の気持ちとしては、関わり合いになってはいけない気持ちが大きかったのだが、結局、母への思いと伯父に対する同情心に負けた。
当初は10年くらい伯父が存命するつもりでいたが、予想以上に早く伯父から解放された。正直、助かった。
終わりがみえない介護にかかわることを軽々に引き受けたりしてはいけない。
被介護者が亡くなって終わりではない。
相続の手続きが完了するまで終わりはこない。
私が伯父の世話係をすることになった時点で、母は伯父が亡くなった場合には相続放棄をすることに決めていたが、相続人が全員相続放棄した後、相続財産管理人の選定の申請、相続財産管理人への引き継ぎまでと伯父が亡くなった後も仕事は続く。
幸い伯父は母が元気なうちに他界した。
母がいたからこそ、私は頑張れたと思う。
世話係をやると決めると決心した時には、伯父か私が亡くなるまでは伯父の面倒をみなければいけないという気持ちだったが、予想以上に大変だった。
お金の心配もあったし、なにより認知症の問題行動に頭を痛めた。
相続放棄を念頭に置いて動いていたから、母には伯父の面会以外には関わらせないようにしていたが、伯父への怒りや愚痴は母と共有することで気持ちを落ち着けた。
一銭にもならないとはいえ、仕事だと思ってやっていたが、ほぼ毎週末に片道一時間かけて、面会に行って、おやつを食べさせて帰ってくる生活で伯父の機嫌が悪いとげんなりした。
仲良くしていたわけでもない伯父に全く思いれはなかったのだから、同情心もいつまでも続かない。
介護施設でこんな状態の老人と付き合うなんて、仕事といえども職員の人たちには頭が下がる思いがした。
家で介護をされている方々は筆舌に尽くしがたい苦労をされていると思う。
一時の気の迷い(同情心)が自分の生活に及ぼす影響は大きい。
今の私だったら、直系親族の以外の親族の介護にかかわることになったら、まずは回避できる方法がないか考える。
回避できないとなったら、自分だけ(自分の家族だけ)がかかわるのではなく、可能な限り関係親族の数を増やして自分の負担を減らす。
実際にかかわることができない親族にも情報を共有して、被介護者の状態を把握しておいてもらう。せめて、愚痴くらいは聞いてもらいたい。
将来、被介護者になる立場としては、できれば放置せずに世話をしてもらいたい気持ちはある。あるが、同情の気持ちだけではやれないと思う。